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2022-05-23

今月の俳句「四月」2022

チューリップの絵

囀りや 宙に音符を 泳がせて

曇天や チューリップの中 引き籠る

チューリップの花は 晴れると花が開くが 曇天には花は閉ざしてしまう。
閉ざされた花ベンの中の空間に思いを寄せてみる。

 

 

羊の毛刈る 腹から頭 背の順に

刈られてゆく 羊の毛と 観客と

羊の毛刈るは春の季語

北海道の丸山公園での羊の毛を刈る作業が公開され見物人を集めていた。
しだいに刈られてゆく羊の様子を見ているうちに自分の中の何かが刈られて行くようなどこか晴れ晴れとした気持ちになるのが不思議だ。

 

 

ようこそ 浜大根の 咲く町に

この時期には浜辺の町らしく 路地の片隅でちらほらと浜大根の花が開いている。
川沿いにある葉桜なった河津桜並木の根元にも 浜大根が紫色の花を付けていた。

 

 

この桜並木私が 植えたんです

高台にある町の保健センターへ ヘルパーさんとタクシーで出かけた帰り路、路を下り始めると間もなく満開の桜並木が私達を迎えてくれた。
「まあ きれいですね。よく 咲いて」と ヘルパーさんが言った。
すると タクシーの運転をしていたSさんが
「この桜並木 私が植えたんです」とうれしそうに言った。
「まあ そうだったんですか。」と私とヘルパーさんの彼女は同時に驚いて言った。
Sさんは元は町役場の人であった。

 

 

うおの眼に 色をほどこし 花筏

花筏はないかだとは、散った桜の花びらが水面に浮き、それらが連なって流れていく様子のこと。その花びらの動く様子をいかだに見立てた。
また、筏に花の枝などを添えたものや、散った花びらが筏にふりかかったものなども、花筏という言葉で表現される。

 

 

雪面せつめんに 兎跳びして ばればれです

長野県 春の美ヶ原

雪面に ぽつぽつと かわいい足跡が。 兎の足跡である。
兎の足は 前足よりも 後ろ足の方が大きい。
兎跳びということばがあるように 兎は跳ぶように走る。
一、二の三で 前足よりも後ろ足の方が 前に降りているので すぐにそれと 知れる。

 

 

春キャベツ ゆるりと巻いて 春を抱く

春キャベツは比較的 早く使い切ってしまう。なぜなら春キャベツは それ以前のキャベツと異なり ゆるやかに葉が巻いているからだ。いかにも春の装いである。

 

 

蜜蜂の羽音集めて 春のらい

蜜蜂たちの作り出す世界はなんと精密に完結した小宇宙であろうかと知れば知るほど 感心させられる。
その小宇宙は また地球という大きな宇宙に 呼応し 響きあっているのだろう。
蜜蜂の中の働きバチと呼ばれる 蜂たちの寿命は 冬季を別にすれば 焼く一か月、働きバチはみな女王バチの子供の雌の蜂である。その働き方にはきちんとしたローテーションがある。最初は巣の中の部屋の掃除担当、子育て担当、そして最後の十日間が外に出て蜜を取る仕事となる。なぜ最後にこの仕事が割り当てられているのか。それは外の仕事がもっとも命を落とす危険があるからだ。
そういう危険な仕事は もう間もなく寿命の尽きる 晩年の蜂たちの仕事なのだ。
何というリアリズムの世界だろうか。

 

 

いい声の出ていた頃や 朧月

シンガーソングライターの小椋佳おぐらけいさんが間もなく歌手を引退するらしい。もう声が出なくなって体力の限界を感じたからだという。しかし声のよく出ていた頃の自分のレコードを聞くと とてもいやされるという。
朗読ボランティアの女性の方がもう声が出なくなったので朗読ボランティアは引退しましたと言っていた。そのとき まだ声の出ていたころの自分の朗読のテープを改めて聞くと とても気持ちがよくなると言っていた。
その気持ちは経験した人ではないと分からないかもしれないが、私にはわかるような気がする。
若いころ自分の声を初めて録音などで聞いたときには気持ちがよいどころか 違和感をかんじたものである。しかし老年期を迎えつつある時期に 自分のよかったころの声を聞くというのは 何か自分の吐き出した繭玉に包まれるような幸福感があるような気がするのだ。


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