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2020-02-12

三月の自選俳句

さくら貝の絵

春嵐 名もなき風の いつのまに

炭酸の泡立つひびき 春の海

海から近い私の家では波の音が窓辺から聞こえてくる。特に朝夕は自然と波の音が部屋に入ってくる。
ある日 波の音が変わっていることに気づく。
今までかたかった波の音の中に炭酸ソーダが泡立つときのようなシュワシュワという響きが入っているのだ。

 

水底(みなそこ)の 砂掻き鳴らす 春の波

掌の 内に消えんと 桜貝

親戚の子供たちが遊びに来ると、浜辺に出て貝拾いをしてくる。
桜貝などいくつか見つけてきて、その中の一つを私の手の上にのせてくれる。
小さく薄い桜貝は手の内にあるのにもう一方の手で確認したくなるほどはかなげな存在である。

 

瀑布のごと 潮騒ふりぬ 春の坂

海辺にある高層ホテルのわきの短い坂を上り下りしているうちに、
そこを歩いている時だけ周囲の音が違った響き方をしていることに気付いた。
建物の壁が渓谷のような役割をしているせいなのだろうか、
それがこの春独特の下から巻き上げるような風とあいまって潮騒が空から降ってくるように聞こえていた。

 

御詠歌の 時々途絶へ 春の風

巻貝を 踏み潰しては 路地の春

路地裏へ 照り返したる 春の海

家の近くを散歩していると、季節は春と言っても風はまだまだ冷たい。
しかしまだ浜辺に出ないうちに、その近くの路地裏を歩いていると、陽光の強さ、まぶしさを感じさせられる。
路地の突き当たりにある春の海からの照り返しのせいだ。

 

 

南房総市にて

花街道 ただ まっすぐに 光る海

干物屋の 炭火の臭ひ 春の雲

道の駅から道路を挟んで向こう側には干物屋が並んでいて、そこでは買い求めた干物を炭火であぶってくれる。
その近くでは木道によって区切られた花畑があり、そこからときおり風に乗ってポピーやストックなどの花の匂いが流れてくる。

 

家中に 磯の香満ちて ひじき煮る

この部屋を荒野に替えよ 桃の花

花瓶に挿した桃の花のちいさな丸いつぼみが少しずつ開き始めていた。
桃の花は桜とちがってどこか控え目ではなやかさには欠ける。しかし桃の節句と呼ばれるように古代からこの花は大切にされてきた。
それはこの花にどこか不思議な呪術性が秘められているせいかもしれないとちいさな蕾に触れながら思う。

 

 

勝浦市ビッグ雛祭りにて

路地裏に いかの干したる雛の町

勝浦はかつおの水揚げで全国一を誇る関東有数の漁港の町だ。
快晴のその日も海風が街を吹き抜けてやたいの食べ物のにおいを次々と運んできていた。
はなやかな ひな人形の飾られた表通りから路地裏に一歩はいると いかの一夜干し(いちやぼし)か、たくさんのイカが おりからの潮風と天日を浴びていた。

 

幾千の 雛が石段 雛の風

遠見岬神社にあるそれほど広くはない六十段ほどの石段に千二百体のひな人形が飾られている。
屋根のない屋外展示というのがいい。
千二百体のひな人形が春の日を浴びながらたたずんでいる。
一つひとつのひな人形から発せられる何かが一塊の風となって そこにいる人々に不思議な霊気のようなものを感じさせる。

 

春合宿か エッサホイサが 行き過ぎる

ある朝 玄関の板戸を開けようとしたとき 戸の向こう側で若い人たちの声がした。
学生らしい人たちが前の通りをランニングしているようだった。
集団の先頭の者が「エッサ」と声をかけると 後方の一団が「ホイサ」と声を返していた。

 

チューリップ ワイングラスの 花壇バー

生まれて初めて植えたチューリップがいくつも蕾を着けた。
いかにもチューリップらしい円筒形の蕾である。
それはワイングラスのようでもある。
チューリップは花が開いたときよりもこの蕾の方がチューリップらしいわねと いっしょに見ていたヘルパーさんも言っていたがそのとおりだと思った。

 

野遊びの子 青いベレーを 忘れおり

野遊びに出かけた知り合いの若い娘さんがどこかに青いベレー帽を忘れてきた。
どこで忘れたのか彼女は気づかない。きっと春の花野の精たちが娘さんたちを
喜ばせてあげた代わりに彼女の青いベレー帽をいただくことにしたのだろう。
野遊びは春の季語。

 

鉄橋を ワーンとくぐり 春の水

春の水とは。春は降雨や雪解けなどで渓谷河川などの水かさが増す。
その水の動きは春の到来を告げ豊かにまぶしくもある。

 

キッチンに ココア立ち飲み 春夕焼け


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